29歳、処女。
「………ん、できた。目、開けてみろ」



ゆっくりと瞼をあげる。


驚くほど近くで喜多嶋さんが見つめていた。



「おお、さすが俺。うまいぞ」


「ほんとに?」


「俺は嘘はつかないんだよ」



ああ、そっか、とふいに納得した。


そうだ、喜多嶋さんは嘘をつかない。

自分にも、他人にも。


だから、思ったことは思ったまま、すぐになんでも口にする。


そのせいで怖がられたり、揉めたりすることもあるけど。


でも、思ったことは全て言ってくれるのだ。


だから私は、喜多嶋さんといるのは大丈夫なんだ、と納得した。



他の男の人は、笑顔の下で何を考えているのか分からなくて。

もしかしたら私を気持ち悪いと思ってるんじゃないか、と思って苦しかった。


この歳で初体験がまだだなんて知られたらどう思われるだろう、口では気にしないと言っても裏で何を言われるだろう、とこわくて。

だから必死にとりつくろって、秘密にしていた。



でも、喜多嶋さんは違うから。


私がヴァージンだと知って大笑いしていたけど、そのほうが気が楽だった。

嘘はつかない喜多嶋さんだからこそ、私は秘密を知られてからも、この人と一緒にいるのは平気だった。

裏で何を思っているかなんて、邪推しなくてすんだから。


だからあの日以来、私は、喜多嶋さんといるのが一番心地よかったのだ。




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