『N』ー忍びで候うー
「コーヒー、入りましたよ。」

「希代香ちゃんも、コーヒーどうかしら?ここのコーヒー、とても美味しいのよ。」
暖かい手があたしをそのまま奥のテーブル席へと連れていく。優しい笑みはとても面会謝絶の重病人には見えない。

うんうん、と頷くあたしに「ケーキも美味しいわよ〜。」とおばあちゃまは付け加えた。
もちろんそれにも「ぜひ!」と即答した。

テーブル席が3つとゆったりしたカウンターがあった。
他にお客さんはいなかった。
時間は14時前だった。

何か書き物の途中だったのか、手にしていたペンとカウンターに放置していたノート類を慌ててしまい、おばあちゃまもあたしの向かいに座った。
「元気にしてたの?希代香ちゃんに会えておばあちゃま、とっても嬉しいわ〜。」
木目調の落ち着いたテーブルを挟み、向かいに座ったおばあちゃまの瞳はきらきらしていた。

「うん、元気にしてたよ。何度も病院に行ったんだけど、いつも面会できないって、、」
「まぁ、おかしいわね〜。ぁ、ほら、コーヒー来たわよ♪」
おばあちゃまの勢いに押され、会話に飲み込まれてしまう。
「おばあちゃ」
「ほら、飲んでみて〜。」
コーヒーの香りにも負け、ついでにケーキの誘惑にも負けてしまう。

「、、美味しぃ〜〜♪」
思わず頬に手がいってしまう。

「お口に合ってよかったです。」
あたしたちにサービング中だったあの男の人だった。
こんなに美味しいケーキ、コーヒー、なんて素敵な笑顔♪
あたしの頭には単純な、「笑顔のこの人もきっと『いい人』」、そんな数式ができあがっていく。
にこりとあたしも満面の笑みで応えていた。

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