人魚花
不意に、じゃり、という音が、割合近くから響いてきて、<彼女>は現実に引き戻された。
あれは、人間の足が地面を踏みしめる音だ。
響き方から察するに、恐らくは、生け贄がすぐそこの岬にまで来ていると、そういうことだろう。
(もう少し……)
最後に畳み掛けようと、<彼女>は大きく息を吸った。
──その時。
(──!?)
不意に背後から、刺すような─あるいはもっと鋭い─視線を感じる。
(誰かいる……!?)
誰か、はわからないけれど、<彼女>に悪意や殺気を抱いたものであることは確かだと、本能のようなものが告げる。
とにかく、<彼女>はその一瞬で、唄をやめてしまっていた。
「──誰!?」
叫ぶようにして問う。旋律の途絶えたしんとした入り江に、<彼女>の声は警鐘のように響きわたった。
陸地の方ばかりに向いていた視線を、急いで背後の方へ戻すと、そこには。
「……あはは、気付かれちゃったか。そっと聴いていようと思ったんだけれど」
美しい碧の鱗、そして、光を閉じ込めたような金色の瞳。
場には不釣り合いなほどの無邪気な、にこにことした笑顔を浮かべるのは、見間違えるはずもなく、昨日出会った人魚──ロイレイだった。