人魚花
「ごめんね、邪魔しちゃった?」

せめぎ合う感情を持て余しながら、頭を真っ白にさせた<彼女>を現実に引き戻したのは、その原因たる人魚の言葉だった。

「あ……っと、そ、そうよ。突然押しかけてくるなんて、邪魔、だわ」

取り乱していたこともあり、努めて冷たい声を出す。

けれどそれに対する反応は、昨日のやりとりで少しわかっていた通り、どこか楽しげなものだった。

「ごめんごめん。昨日、君は歌ってくれなかったから、今日なら歌ってくれるかなって思ったんだけど」

そうしてまた、金色の瞳を揺らめかして、こちらの邪気なんて全く気付かない様子で笑む。

「……何度来たって同じよ。あなたに歌うことはないわ」

その様子に毒気を抜かれそうになって……けれどすぐに、気を許すのを思いとどまって、冷たい反応を返す。

相手はこちらの存在に気付いていないのだから無意味だとはわかっていても、精一杯睨みつけた。

(……本当に、調子が狂う。)

ふわりと微笑まれると、心を開きそうになる。

これまでの所業も、見失ってはいけない目的も、忘れてしまいそうになる。


そんな資格は、とうにないのに。


だから<彼女>は、自分の中の何かが変わってしまう前に彼の方から離れてくれることを願う。心を開いてはいけないと忘れないように、冷たく接する。

──もっとも当の人魚は、そんなこと気にしてもいないように、朗らかに笑ってこちらに踏み込んでくるのだけれど。
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