人魚花
「僕信用されてないのかなあ。姿も見せてくれないもんね。まずは仲良くなるところから始めないと、かな?」
どうやっても、諦めて離れていってはくれない。
(私のことを、人魚の仲間だとでも思ってるのかしら)
それはとても滑稽だと、<彼女>は思う。
間違っても私は彼の味方にはなれない。同じような美しい存在にもなれない。
姿はいつだって晒している。私はあなたの目の前にある黒ずんだ色の枯れかけの植物だと、言ってはいけないけれど言ってしまいたい。
そう言ったら彼はどんな反応を示すのだろう。落胆するのか、それとも蔑んだ目で見るのか、欺き続けたことに怒るのか。
(どっちにしろ、正体を教える気なんてないんだけど。)
彼の言う通り、信用してるわけじゃない。不用意にこちらに不利となりかねない行動は慎むべきだ。
彼女はまたそう言い聞かせて、それから口を開いた。
「……昨日言った通りよ。姿は見せられないわ。それにロイレイと仲良くなるつもりもない。だから諦めてちょうだい」
はっきり口に出す。はぐらかしていたら同じようにはぐらかされるだけだと思った。同時に、彼女の言葉にこの人魚がどんな反応を示すのか気になっていたりもした。
彼女の言葉を聞いた彼は、まじまじと彼を見つているその前で──こともあろうに、嬉しそうにふわりと微笑んだ。そして。
「君、今初めて僕の名前、呼んでくれたね」
そう、混じり気のない笑顔で、そう言う。
ふわりと微笑む彼をぼんやりと見つめながら、<彼女>がしまった、と、そう思うよりも早く。
話の主導権は、あっという間に彼に奪われていた。