人魚花
「……人魚は、陸の世界についても詳しいのね」

独り言のように、<彼女>は言う。

少し前まで、この入江よりも『陸』の世界に近い場所に生息していた筈の<彼女>より、海の中しか知らない筈のロイレイに陸のことを教えてもらうことは、ほんの少しだけ悔しい。──自分が、狭い世界に縫い止められていることを、何よりも如実に言い当てられているようで。

しかしそう言うと、ロイレイは困ったような笑みを浮かべて、頬をかく。

「……うーん、なんて言うか、ちょっと違うかなあ。他の、僕の仲間はそんなことなくてね、こんなに陸の世界に興味もってるのは、僕だけっていうか……」

珍しく歯切れが悪い言い方をする彼を、<彼女>は意外な思いで見つめる。

「……君の言った通りなんだ。僕、人魚の中でも変わってるから」

そういうロイレイは、どことなく何かを諦めているようで、寂しげにも見えた。

(……何か、あったのかしら)

そんな様子を眺めながら、<彼女>はついそんなことを思う。

そういえば、足繁く通ってくるロイレイだけれど、二人が入江で話すのはたわいのない話ばかりだ。<彼女>は、彼から自身の話や、人魚の話を聞いたことがない。

人魚の社会とは、どういうものなのだろう。花である<彼女>は人魚と関わったことがないのでわからない。姿を見たのも、このロイレイが初めてだったのだ。

(もしかしたら、そうやって人間に興味をもつことは、彼らの中ではおかしいことなのかしら?)

想像するしかないのだけれど、そんな風に思ってしまう。それほど、彼の表情は、所在無さげだったのだ。
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