人魚花
(愚かだわ。人魚なんかと馴れ合っていても、私の目的が叶うわけでもないのに)
先ほどの夢を忘れて、<彼女>は自分の目的を思い出そうとする。最近、こういう時間が増えた気がする。
(私は、仲間を蘇らせなければいけないのに)
どうせすぐいなくなると思っていたのに、諦めると思っていたのに、いつになったら諦めてくれるのだろう。
──彼が来てからというもの、<彼女>は生贄を捧げることが出来ていない。
当然だ。ロイレイの前で生贄をとることは、姿を晒すようなもの。初めて会ったとき、<彼女>は間違えて彼を沈めようとしているのだし、ゆめゆめそのようなことは出来ない。
海神に祈りをささげることは、これまでかかさずに繰り返していた<彼女>の唯一の希望。そして、それをやめた影響は、少なからずあらわれていた。
ふと、薄明かりに照らされた葉と蔓を見やると、前よりも黒い部分が増え、緑色が減っているのがよくわかった。
<彼女>は、焦っていた。
だけれど、貴方のためには歌わないと繰り返しても、「今日は月が赤いね」やら「歌は誰に教わったの?」やら、たわいない言葉にすら冷たい返事を投げていても、どんなことをしても、彼は<彼女>に怒ってはくれない。
<彼女>の前に姿を表すことを、決してやめてはくれない。
初めて会ってから、十日。
今日も彼が来るのなら、<彼女>は今日も生贄を海神に捧げることはできない。