人魚花
「さっきの言葉、どういう意味なのかしら」

<彼女>はそれに言葉を投げかける。蛸は不気味な足を漂わせて、くつりという音をたてて嗤った。

「人魚というものがどのようなものか知らずに近付いているお前が、憐れだと言ったんだ」

「……どういう意味?」

面白くてたまらないという様子の蛸に、<彼女>は苛々と言葉を返す。けれど蛸はすぐにはそれに答えず、逆に<彼女>に質問を寄越した。

「花。お前は、何故人魚という生物があれだけ繁栄しているかわかるか?」

「……は?」

突拍子もないその問いかけに、当然ながら<彼女>は答えを用意出来ない。

その様子を愉快そうに見つめながら、蛸は歪な足で水をかいて<彼女>の方に進むと囁くように言う。

「捕食者だからだ」

「……え?」

──捕食者。囁かれたその言葉と、<彼女>の知る人魚の姿、ロイレイとの印象が結びつかない。

何も答えられないでいる彼女を嘲笑うかのように、それはぐるぐると、<彼女>の周りを円を描くように泳ぎながら、言葉を連ねる。

「陸の人間、海の人魚。二つの世界で最も知恵をもち、なおかつ残酷なものがこれだ。あいつらは他の生物を侵し、殺し、従えることによって主導権を握った。地面に縫い付けられて動けないお前は知らないことだろうがな。けれどお前も知っている通り、世界の均衡は崩れた──地震のせいで。人間の統率は崩れ、お前などに捕まえられるのが出てくるほどに落ちぶれた。その一方で、海の中では生態系の乱れによって食料不足が深刻化した。これ以上海からのそれを得ることはままならないまでになっている。──つまり、俺が言いたいことがわかるか?」

ぐるぐると、目の前を高速で蛸が泳ぐ。ぐるぐると、大量に言われた言葉が<彼女>の中を駆け巡る。

返事を待たずに、それは口を開いて答えを言った。

「人魚は少し前から、人間を捕まえていたんだ。お前と同じように。だがお前と違って、その目的は食うことだったんだが」

人魚が、人間を捕まえる。

与えられた欠片が、少しずつ枠にはまっていくような感覚を覚える。

答えを知りたくない、聞きたくない、思いついてしまいたくない。自分のどこかでそう叫ぶ。けれどそんな願いもむなしく、蛸はすぐに口を開いた。




「あいつらにとって、せっかくの獲物を奪うお前は、邪魔なんだ。生存に関わる敵ですらあるんだ。わかるか?」
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