人魚花
沈黙。

ロイレイは一瞬目を見開いて、それから口を真一文字に結びこみ、視線を落とす。

その様子を、半ば睨みつけるようにさえしながら、<彼女>は息をひそめて答えを待つ。

彼の呆然とした顔が、ゆっくりと、歪んでいった。

そして、ついにその口が開かれた。

「どうして……こんなに、早く気付かれるなんて、思ってなかったのに」

──ざくり、と。
その言葉を聞いて、何かがそんな音をたてて崩れるような気がした。

(……やっぱり)

彼は、自分の意思でここへ来ていたわけではなかった。

そして恐らくは、彼を遣わしているのは、『人魚』という種族全体で。
その目的は恐らく──蛸が言った通り、<彼女>が獲物をとれなくすること、もしくは獲物を奪う<彼女>を排除することだろう。

だからわざわざロイレイは、日が暮れて月の出る時間、<彼女>が生贄を捕まえる時間に現れて、それが出来ないようにしていたのだと考えると辻褄が合う。

「……でも、でもね、僕は、」

全てを理解した<彼女>に、ロイレイが何かを必死に言い繕うとする。
けれど、今更その言葉に、どんな意味があるというのだろうか。

「本当に、君の歌が聴きたくて……」

「──『人間を水中へと誘う歌』が、どんなものか知りたかったということ?」

言葉をみなまで言わないうちに、そう冷たく返すと、ロイレイは黙り込む。

「『入り江の魔女』がどのように人間を捕まえるか、興味があったのでしょう?」

冷たく、自分の異名を言い放つ。

ロイレイが息を呑む音が聞こえた。

「……本当に、君が入り江の魔女だったの?」

「何を言っているの?はじめから知っていたくせに?」

<彼女>の言葉に黙り込むことからも、それが的を得ていたことは一目瞭然で。

どんなに言葉を繕おうと、彼が<彼女>を騙していたのは紛れもない事実なのであるから、早くそんな面の皮、脱いでしまえと<彼女>は思う。

「何を言ってももう遅いわ。私は貴方達には騙されない」
< 39 / 54 >

この作品をシェア

pagetop