人魚花
彼はしばらく呆然とした顔をしていたが、やがて諦めたように、ゆっくりとこちらを向いた。

──初めて、まっすぐにロイレイがこちらを向いて、視線が正面からぶつかる。

今まで、ぼんやりとこちらに向けられる視線はあったけれど、こんなにまっすぐに、こちらへとそれが向けられるのは初めてのこと。

(……ああ、なんだ、最初から私がこの植物だなんて、ロイレイは知っていたんじゃない)

隠しているつもりだったのは全部自分だけで。

彼は最初から知っていて、敢えて知らないふりで接していたのだ。

今まで自分が繕ってきた何もかもが、どんなに無意味だったかを悟って、<彼女>はふっと自嘲的な気分に陥る。

数瞬迷う素振りを見せていたロイレイは、<彼女>がそんなことを考えている間に、ふと決意したように口を開いた。

「……じゃあ、聞いてもいいかな。……なんで、人間を捕まえていたの?……君は、それを食べるわけではないでしょ?」

その質問は、彼が恐らくは、ずっと<彼女>に聞きたかったことなのだろう。

<彼女>は少し迷い、けれど結局、答える気にはならなかった。

「それを知って、どうするの?……人魚が、私に何かをしてくれるというの?」

「……君の仲間が、環境の変化に耐えられなくて死んでいったのは知っている。もしかしたら僕達で何か、してあげられるかもしれないんだ」

「…………」

何かしてあげる。
人魚が。

(……馬鹿にしないで)

<彼女>はこみ上げる笑いを押しとどめて、言葉を放つ。

「そうよね。『人魚』様ですもの。海の中であれば好きに出来るのかしら?私みたいな雑草くらいどうとでも出来る力くらいお持ちなんでしょう?それで?委ねたら私はどうなるのかしら?例えば、あなたに根ごと引きちぎられて陸地に放り投げられて?海水が合わないのだから、陸上に上がって自力で根を張ればいい、とでも言われるのかしら。ふふふ」

「違うんだ、本当に、ここを前のような淡水に戻す方法があるかもしれなくて……!」

目の前の人魚の顔が、らしくないくらいに必死そうに歪む。

ああ、なんて愉快なのだろう。

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