人魚花
「──お断りよ。人魚の助けなんていらないわ。私のいた湖が海にのまれて、小魚や水草がさんざん死んでいった時、そんな力があっても何もしてくれなかったくせに」
彼の言葉ごと、心ごと、遮るように口を開く。
飛び出た言葉は、声は、自分で意識するよりも冷たい響きをしていて。
「……そ、れは……」
まだ何事か言い募ろうとする彼に、<彼女>は我慢が出来なくなったように大声をあげた。
「黙って!もうあなたには騙されない。話だって聞かないわ。もうあなたと話すことなんて無い。二度とここに来ないで。あなたの顔なんて見たくもない」
感情のまま、前も後も考えず、叫ぶように言ってしまう。同時にいつ逆上されても良いように枝葉やつるをそちらに向けて構えると、彼はそれ以上何も言えないように、言葉をつまらせて視線だけをこちらによこした。
「……騙せないのだから、無理矢理にでも私を殺す?」
挑発的に、付け足すようにその言葉を投げかけると。
「…………っ」
初めて──出会ってからずっとへらりとした笑顔を浮かべて、どんなに冷たくしてもそれを崩すことのなかった彼の表情が、初めて、くしゃりと歪む。
それを見て、<彼女>は驚きにも似た戸惑いを覚えた。
──だって、彼の表情に浮かんでいたのは、紛れもない悲しみだったから。
「……ごめん」
ぽつり、と、彼の口からそんな言葉が漏れた。
その直後、彼は来た時と同じ唐突さで、ひらりとこちらに尾ひれを向ける。
予想外の行動に<彼女>が戸惑っているうちに、彼は碧色の名残を残して泳ぎ去っていった。