人魚花
凍った焔
例え海のかたちが変わっても、波の流れが乱れても、天空から入り江に注ぐ月影は変わらず静かで美しい。

<彼女>はいつものように夜半に目を覚まし、双子の月を見上げて──それからようやく、響いてくる波音の違和に気がついた。

普段より遠くから届き、ともすると静かに感じるそれは、しかし注意深く聴くと無理矢理に波を留めているような、乱れた響きを孕んでいた。

ふと考えて、ああ、と気付く。

(そうよ、私がやったんじゃない)

ほんの数刻前、張り巡らせた根を使って入江の地形を歪め、波の入口を閉ざしたことを思い出す。

今宵不自然なほどに入江が静かで、同時に遠くで波が乱れているのは、<彼女>の動かした岩盤が波の流れに不和を生み出していることを何よりも如実に表していた。

(自分の都合で傲慢にも海の中を作り変えるのは私も同じね)

──結局は自分だって、人魚と大して変わらない。

自分のためだけに、他を顧みないことも、犠牲を厭わないところも。

(でも、それでいい)

人魚のように傲慢にでも、目的さえ達成できればそれで良い。

日に日に黄ばんで、しぼんでいく葉を眺める。自らが弱っていっているのがよくわかる。

──時間が無い。

もう、なりふり構ってなど、いられないのだ。

憂いながら水面を見上げると、それでも月は、静かにそこに在った。

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