人魚花
辺りを満たす静寂は、何も答えない。けれどそれが何よりも、魔法が途切れてしまったことを物語っている。

(……どうして)

獲物は、もういない。正気を取り戻して逃げ出したようだった。

もともと人通りの滅多にない浜辺だ。今日はもう、生贄を得ることは無理だろう。

(こんなこと、今まで一度だって……)

あれは、獲物を捕らえるためだけの、心の必要の無い虚ろな歌。

寂しい、なんて、そんな言葉に引っ張られることなんて、今まで何度も歌ってきて一度だってなかったのに。

そんなものを感じる心は、あの日仲間とともに、死んでしまったはずなのに。

(私……)

──あの時、寂しいと感じた時、心によぎった存在は。

(なん、で……)

──心ごと引き寄せられるような、あの金色の瞳をもつ美しい人魚。

「ロイ、レイ……」

ぽつり。呟くように名前を呼んだ瞬間、幾つもの記憶が、交わした言葉が、去来する。

もう二度と、逢えないひと。
<彼女>を、裏切ったひと。

──それでも、一人だった<彼女>に声をかけて、歌が綺麗だと云ってくれたひと。

(ちがう、まさか、そんなはずないわ)

浮かび上がりつつある答えを、<彼女>は必死に否定する。

必死に、目を背ける。

(私はあれに裏切られたのよ。今までの言葉だって、全部、騙すための嘘でしかなくて、だから、)

──だから、あの人魚に逢えないことが寂しいなんて、苦しいなんて、そんなことを思う筈がない、のに。

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