人魚花


──『やあ、今日も来ちゃった』
──『ここは、いい所だよね』
──『君と友達になりたい。だめかな』


(……っ)

追い出そうとしても、追い出そうとしても、──こびりついた記憶が、彼の存在ばかりを突きつける。

「……寂しい」

言葉が口をついて出てきた途端、すとんと、ざわめいていた心が落ち着く。

紛れようもなく、<彼女>はロイレイの存在を、恋いわびていた。

仲間を失った孤独は、いつの間にか、あの碧の人魚に埋められていたようだった。

(……どうして、こんなことに)

よりにもよって、自分を欺いていた相手に、こんなにも心を許してしまうなんて。

──もう二度と逢えないということが、こんなにも寂しく、苦しく感じるなんて。



行き場のない感情に、助けを求めるように月を見上げる。

毎夜見上げているはずの双子の灯りを、今日は少し、遠くに感じた。

人気のない浜辺に、今日はもう迷い込んだ旅人は通りそうにない。

<彼女>の枯れた黄色い葉っぱを、物言わぬ月明かりだけが、静かに照らしていた。

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