人魚花
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『──随分と悲嘆に暮れているな、憐れな花よ』
日が明けて、また夜。顔を出した月明かりにつられるように微睡みから目覚めた<彼女>が、不気味なほど反響した嗄れ声を耳にしたのは唐突だった。
──蛸だ。気配だけでわかる。
入江を閉ざしてしまったのでいつものように目の前を漂うことはないけれど、あの独特の声を反響させて、こちらに何かを言いに来たらしい。
「……何の用かしら」
蛸がもたらす情報は、言葉は、いつだって<彼女>の耳に快いものではない。けれど今日は、素直に呼びかけに応じた。
それはもしかしたら、昨夜久方ぶりに誰とも言葉を交わさずに過ごしたことが原因の、一抹の寂しさが影響を与えていたのかもしれないけれど。
蛸は、いつもの通り何が面白いのか、喉から詰まったような音をたてて嗤う。
『憐れで愚かな草の様子を拝もうと思ったのだ、お前が枯れる前にな』
「……どういう、意味よ」
『枯れる』と言う言葉に引っかかりを覚えて<彼女>は問う。まるですぐにそうなるという確信があるような風で言われると、気分がいいものではない。
『しらばっくれる気か。自分でも本当は分かっているのだろう?』
──だが、蛸は意にも介さず、愉快そうに問い返してくる。
「……」
<彼女>は、枯れて変色した葉を見やる。先端の方の小さな葉だけでなく、そのくすんだ黄色は、今や根本の方にまで及んでいた。
「…………」
本当は、気付いていた。
もう根の力も、歌に込められる魂寄せの力も、何もかもが弱ってきている。蛸の言う通り、いつ枯れてもおかしくない、かもしれなかった。