あの空の君へ
♠婚約者
結衣side

「…香さ、婚約者が居るんだ。」
「婚、約…者。」
私はこの話をこの時初めて知った。
どうして、香さんは話してくれなかったのだろう。
こんな、大事なこと…。
「そう、それが社長の娘かつ秘書の田井中律(たいなかりつ)。」
「律…さん。」
確かこの前、琉さんが寝言で…。
「俺らの幼馴染みで、俺の好きな人。7歳の頃からのね。初恋なんだ。」
そうやって話す琉さんはすごく優しい顔をしてた。でも、どこか辛そうで。
「幼馴染み…。って、え!?す、好きな人ですか!?」
「そう、でも、香の婚約者。律と結婚してアイツが次期社長になるんだって。」
「そんなの…。ダメですよ。琉さんが…!」
「ありがとう。心配してくれて。」
「そんなことないです。…琉さんの事を心配はしています。でも、半分は自分の事なんです。もう、これから一生恋なんてしないって決めてたのに、香さんと会って私、変われたんです。だから、私にとってとても大切な人を取られたくないっていうか…。」
「結衣ちゃん…。」
琉さんは椅子から立ち上がり私を抱き締めた。
「る、琉さん!?」
「ごめん、このままでいさせて。…少しでいいから。」
きっと琉さんは周りから見えているよりずっと、ずっと、ずっと辛いんだ。
でも、やっぱり兄弟ですね。
抱き締める強さも、腕の回し方も香さんにそっくり。
「…えっ。」
私は一瞬にして目の前が真っ白になった。
「る、琉!何してんだよ!!」
そこには香さんが。
「香さん!」
「香、帰ってきたの。」
ゆっくり、手をほどきながら琉さんはそういった。
半分何かを諦めたような顔をしていた。
「琉、俺許さないって言ったよな!?」
香さんは琉さんの胸ぐらを掴み壁に押し付けた。
「お前、何してんだよ。」
香さんは今までに見たことないくらい怖い顔で琉さんを睨んでいた。
「香さん!違うんです!これは…」
「何がちげぇんだよ!」
私が話終わる前に香さんは私に言った。
「こ、香さん…。」
私はこの時初めて香さんを怖いと思った。
そして、気付かぬうちに涙が頬を伝っていた。
「あ、結衣…。ごめん。」
香さんは琉さんを掴んでいた手を離した。
「大丈夫です。」
私はすぐに涙を拭った。
「ごめん、俺最近イライラしてて。…ちょっと帰れなくなる。」
「香さん…。」
待って!行かないで!私をおいていかないで!
今の私にこんなこと言えるはずもなかった。
香さんは家を後にした。
「ごめんね、結衣ちゃん…。」
「琉さんは何も悪くないです。私が直接香さんと話さなかったのがいけなかったんです。人に頼ってばかりで…。怪我ありませんか?」
「大丈夫だよ。あと、俺も明日から帰れなくなる。仕事が立て込んでて。」
「わかりました。」
「ごめんね。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」

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