浅葱の桜



『枡屋喜右衛門はめっぽう女好きと聞く。だからテメェを使ったってのもあるがな。

色仕掛けでもなんでもいい。だから喜右衛門の奴の懐に入れ』



土方さんに最後言われた台詞を思い出す。


色仕掛け……なんて言われても私にできるのかな?


色……ぽくはないし。色仕掛けの方法すら分からない。


ああっ! こんなことならそこまで土方さんに聞いてくべきだったぁあ!


今更泣きそうになっても遅いけど。


やる気は十分だったはずなのに歩いていくに連れてそれがこぼれ落ちている気しかしない。


これ、歩きにくいし、暑い。


梅雨の終わりかけぐらいだからか、むしむししてるし。


このままじゃ白粉取れちゃうよ……。


なんて、思ってると。



「っ、きゃっっ!」



かつんと道端の小石に躓いてこける。


全然周りを見てなかったせいで手をつくことも難しく。


手は擦りむくし、足は捻った……?


うん。ズキズキしてるからそうだね。


このままじゃ、帰ることすら難しいんだけど。


どうしよ。



「大丈夫か? 嬢ちゃん」



上から降ってきた声にはっと顔をあげる。



「えっと……手と足をちょっと」



と言うと、なんの抵抗もなく手を触られて思わず引きそうになった。



「そんなに警戒しなくていいよ。ただ怪我を見てるだけだから……ね」



と言ってるものの触り方が……嫌だ。さわっと触れるか触れないかな感じが苦手だ。


肘の方にまで上がってきてるし。



「あ、あの……」

「ああ、そうだった。足もだったね」

「っ!」



さわさわ手が私の足を這う。


やばい、本気で気持ち悪い。



「腫れてるようだね。僕の家が近いからそこで手当てしてあげる」

「い、いえ……。申し訳ないですから……」



語尾が掠れていく。バカなことで任務を果たせそうにない自分が情けなくて。


顔を下げたせいで、男の人が嫌な笑い方をしたのにも気がつかなかった。


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