浅葱の桜
結局、土方さんが戻って来たのは夜。それもかなり日が沈んでからの事だった。
「随分と遅かったですね、土方さん」
それは私が近藤さんの所から沖田さんの部屋に戻ってきたところだった。
土方さんは羽織りを肩にかけただけで襟元も寛げていた。
「珍しいですね。土方さんがそんな格好なんて」
「厄介なこと引き受けた」
「?」
「はぁ……。明日から忙しくなるな」
それは、どういう意味だろう?
ただ、今回の外出は彼にとって随分と疲れるものであったらしい。
それでいて断ることができないほど新撰組にとって重要なもの。
今までにないほど疲れきった様子の土方さんの背中を見送った私は彼のその疲弊を理解出来なくてただ首を傾げただけだった。
そして、土方さんの背中が通路の奥に消えた頃、改めて沖田さんの部屋に戻ろうと足を動かす。
((見ぃーつけた))
!!??
なに!?
空耳、かな。
それにしては鮮明な声に周りの温度が数度下がったような錯覚を覚える。
鳥肌たって、寒い。
微かな炎しか灯っていない庭には何かが隠れていそうな不気味さがあった。
「ぁ……」
恐い。
後ろを気にしないようにしながら早足で歩くものの首筋に冷たい感触を感じて足を止めた。
『もうすぐ、迎えに来るぞ。姫様』
耳元にかかる生温い風。
ばっと後ろを振り返って見ても何も無い。灯されている火も揺れることさえしてない。
そんないつもと変わらない筈の世界さえ薄気味悪くて足早に沖田さんへの部屋に戻った。