浅葱の桜



あれ? こんなに部屋って遠かったっけ……?


普通に歩いて、いつもの場所に向かってるはずなのにやけに時間がかかる。


ギシギシと木の軋む音が響く。


胸の前で交差させた手で着物を握りしめる。


俯いたまま小走りになりかけて、何かにぶつかった。



「っつ!?」



弾かれるように離れる。見開いた目に映ったのは私の反応を見て驚いたような顔をした沖田さんだった。



「お、沖田さん……でしたか……」



じっとりと汗ばんだ手のひらの汗を拭う。


驚いた顔から心配するような表情になった沖田さんに向かって笑顔を浮かべた。



「すいません! 大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫。それよりも佐久の方が不安だ」

「え? 私?」



不安に思われるこのなんてしたっけ?


パタパタと全身を叩いてみるけどおかしなとこなんてないし……。



「そういう事じゃねぇよ」

「いひゃいれふ」



頬を引っ張らないで欲しい。上手いこと喋れないしちょっと痛いし。
沖田さん、頬引っ張るの好きなの!?



「辛そうな顔してるぞ、お前」



少し屈むようにして合わせられた視線を思わず逸らす。


ドクリ、心臓が騒ぎ出す。


温かい香りに包まれたと思ったらそこは既に沖田さんの腕の中で。


沖田さんの胸に耳をくっつける形になっていて、どくんどくんと脈打つ心臓の音が聞こえた。


その音で少し体の強張りが解ける。



「何か、あったのか」



その問の答えを私はすぐに導き出せなかった。


今さっきのことは勘違いの一言で済ませることだって容易にできる。


きっと才蔵さんの言ったことを引きずって居るのだろう。


でも私が答えられるのは大丈夫ですの一言だけだ。


心の奥底に棘となって突き刺さって抜けない言葉。


きっと、私がここから逃げなければ。彼に大人しく従えば沖田さんたちに手を出すことは無い。


でも、あの人たちの正体がハッキリしない中大人しく身を預けるのがたまらなく怖いんだと思う。


沖田さんの大きくて温かい手。その手に無性に縋りたくなる。


その手に縋った代償がどれほど大きいものかを考えると。この手を伸ばすことは出来ない。


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