浅葱の桜
それから特に変わったことは無く。
九条河原のほうでも大した動きはないまま七月を迎え、もう半月近くが経とうとしていた。
そして、その間私は何をしていたかと言うと。
「お~っ! また来てくれたんだね、みおちゃん」
「今日も食べに来ちゃいました~。いつもと同じの、頼んでもいいですか?」
満面の笑みを浮かべた蜜月ちゃんは店の奥に行くと大きな声で季節限定のお菓子の叫んだ。
そう、私はこの一月の間にしょっちゅうここに来ていた。
理由は簡単。あまりにも暇だから!
屯所内は山南さんが居るし、観察方としての仕事も山崎さんが本陣と屯所を行き来していて私のことにまで気を配ることがてきないでいた。
最初は沖田さんと一緒に来ていたけれど、途中から山南さんの仕事を手伝うようになってからは私一人で来ている。
蜜月ちゃんはお店のご主人の娘さんらしい。
男所帯の中で女友達なんて早々出来ない。
社交的な蜜月ちゃんは食べに来るだけの私にも親しく話し掛けてくれて今では立派な親友だ。
「で、今日は何かあったの?」
「ううん。特に変わったことはないよ」
暑くなってきて、皆が普通に野外で水浴びするようになったとか、軒先に風鈴がついたとか。
緊迫するようなことは何も無い。
冷たい食感を味わいながら蜜月ちゃんとの会話を楽しんだ。
「はいっ。これお土産ですっ。沖田さんに渡してくださいな」
小包を一つ持たせてくれた蜜月ちゃん。その大きさに思わず驚いた。
「こんなに……! いいんですか?」
明らかに店の不利益になる量だ。ただの友達だからってポンッとあげてもいい筈じゃない。
「いいのいいの。どうせもうお店閉めちゃうから。売れ残っても誰も食べないしね。だったらミオちゃんの所に持ち帰ってもらったほうがいいからね!」
「ありがとうございます……!」
皆さんもきっと喜んでくれるはず!
だって沖田さんの影響で新撰組はこの風月堂のお菓子が大好きだから。
私はずっしりとした重みを感じる小包を両手で抱えながら帰路についた。
その後ろでざわりと何かが蠢いていることにも気が付かずに。