浅葱の桜
とっぷりと夜も更けて、蝉の声も静まってきた頃。
ききはすっかり疲れて私の膝の上でうたた寝していた。
この様子じゃもう起きそうにないなぁ~。
幸せそうに顔を緩めたききの帯を緩めて横にする。
私もこんな子供だったのかな。全く覚えてないからなんとも言えないけど。
ぴょんぴょん飛び跳ね回っていた私だからこんなにお淑やかじゃ無さそうだけどね。
「姫様。お薬の時間でございます」
硬く、冷たい声が廊下から聞こえる。
それだけでせっかく温まっていた心が急速に冷えていくのを感じた。
「そこに置いておいて」
「ですが」
「ちゃんと飲むわ」
飲まないと思われているのであれば心外だ。
毎日のように飲まされているのでもう慣れた。
カタンとお盆を置く音と、衣を引きずりながら去っていくのを確かめるとそのお盆を中に入れた。
そこに置かれているのは白磁の湯のみに入れられた白湯と薬包紙に包まれた赤い薬だ。
舌に乗せる度に感じるピリリとした感覚にはいつまでも慣れないけれど、飲み下せる位にはなった。
「コホコホ」
それでもやっぱり噎せてしまうのだけど。
「姫さん、いるか?」
「何」
またもや予期せぬ来客だ。
その声の主は分かっているので黙って障子を開けた。
「お前の父親が呼んでいる。さっさと来い」
「……分かった、わ」
才蔵の告げた事に心の中に鉛が詰められたかのようにずっしりと重みを増す。
不穏な事の前触れのように心の臓がドクドクと跳ね上がっていた。