『それは、大人の事情。』【完】
大通りを左に曲がり、緩やかな坂道を上がって行くと見えてくる木々に囲まれたあのカフェ。
いつもなら癒しを求め開ける扉だけど、今日は違っていた。この扉の向こうに白石蓮が居ると思うと少し緊張する。
「いらっしゃいませ~」
店内に足を踏み入れたのと同時に聞こえてきたオーナーの声。ランチの時間が終わり、カフェの中は思いの外空いていた。
オーナーと会話を交わしながら白石蓮の姿を探すと、オープンテラスで遅い昼食を食べてる彼を見つけ、鼓動が早くなる。
私、完全に動揺してる……
だから気持ちを落ち着かせようと、ここに来たのは私の本意じゃないと自分に言い聞かせていた。
別に仲直りとかするつもりなんてなかったんだよ。理央ちゃんに頼まれたから……そう、理央ちゃんの為に仕方なく……
白石蓮の背後に立ち声を掛けようとするが、なかなか決心がつかず、そよ風に揺れる彼のダークブラウン髪を暫く眺めていた。すると、ピラフを食べる手を止めた白石蓮が振り返る事無く呟く。
「梢恵さんでしょ? ここ、座ったら?」
「えっ?」
彼は自分の向かいの席を指差し、再びピラフを食べ始める。
「どうして私って分かったの?」
彼の指差した席に座り訊ねると、やっと顔を上げた白石蓮が無表情で言った。
「……香がした。梢恵さんの香り……」
「私の香り?」
絡み合う視線に頬が熱くなるのを感じ、思わず目を逸らし下を向く。
「うん……で、俺になんか用?」