『それは、大人の事情。』【完】

銀のスプーンをペロリと舐め、薄いブルーの瞳が私の顔を覗き込む。


「あ、うん……。君、一年前まで写真の専門学校行ってたんでしょ?それでね、同じ専門学校行ってた娘が私の知り合いの妹で、君に会いたいって……」


目を逸らしたまま早口で捲し立てると、彼は「それ、誰?」って更に顔を近づけてくる。


「理央ちゃんだよ。森下理央。ショートボブの可愛い娘。覚えてない?」

「森下……理央?」


視線を少し上に向け考え込んでいた白石蓮だったが、すぐに素っ気なく「あぁ……」と呟き、苦笑いしてる。


「思い出した。ちっこくてよく笑う娘だ。その森下が俺に会いたいって?」

「そう、ご飯食べに行こうって言ってたよ」

「ふーん……」

「それと、君が展示会に出展した写真のモデルが誰か知りたがってた。あのモデル、君が好きだった女性なんだってね?同じ専門学校だった娘?付き合ってたの?」


理央ちゃんの事を話してもリアクションが薄かったのに、写真のモデルの話題になったとたん目付きが変わった。


「せっかくの休日に、愛する部長さんを放っぽってそんな事を言う為に、わざわざここに来たの?」

「えっ……」


白石蓮のその言葉で目が覚めた―――


私、何やってるんだろう……嫌われて清々したはずなのに、理央ちゃんの事を口実に、また自分から関わろうとしてる。彼の方は、もうとっくに私の事なんて相手にしてないのに……


ここに来た事を後悔し「ごめん。迷惑だったね」と言って立ち上がる。


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