『それは、大人の事情。』【完】

十歳も年下の坊や相手に、いい大人の私がドキドキしてみっともない。とんだ赤っ恥だ。


プライドを傷付けられ居たたまれなくなった私は、一刻も早くこの場を去りたかった。もう二度と白石蓮には関わらない。そう心に決め歩き出す。


彼だって私と縁が切れて嬉しいはず。お互いこれで良かったんだと思った。なのに……


なぜか彼は私の名を呼び、バックを持つ手を掴んだんだ。勢いがついていた体がつんのめり、危うく転びそうになる。


「何するの?」


振り返り白石蓮を睨み付けるが、どういうワケか彼は優しい笑顔で私を見つめていた。


「嬉しいよ……梢恵さん」

「嬉しい? 何言ってんの?」

「だって、わざわざそれを言う為だけに、俺の所に来てくれたんでしょ?」

「えっ?」


さっきの言葉は、そういう意味だったの?


微笑む白石蓮に戸惑い視線が定まらない。そんな私の肩を、いつの間にか後ろに立っていたオーナーがポンと叩く。


「お待たせしました。カプチーノです」

「あ、ありがとう……」

「どうしたの? ほら、座って」


オーナーご自慢のアートが施されたカプチーノが目の前に静かに置かれると、そよ風に乗ってカプチーノの甘い香りがオープンテラスに広がっていく。


「じゃあ、ゆっくりしてってね」


オーナーが店内に戻って行く姿を目で追っていた白石蓮だったが、突然テーブルの上の私の手に触れ意外な言葉を口にした。


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