『それは、大人の事情。』【完】

「部長さん、梢恵さんの事本当に好きなのかな?」


酔っ払いのたわ言だと思って軽く流せば良かったのかもしれない。でも、自信満々な白石蓮の顔を見て、私の心は乱れた。


この子、何言ってるの? 真司さんは私との結婚を真剣に考えてくれてる。だから一緒に住もうと言ってくれたんだ。大切な一人娘の沙織ちゃんの世話を私に任せてくれたのも私を信頼してくれてるから。


「いい加減な事言わないで!」


力一杯白石蓮を突き飛ばし、勢いよく立ち上がると彼を睨み付けた。


「俺は本気でそう思ったから言ったまでだよ」


彼の一言一言がいちいち気に障り、私は冷静さを失っていく。


「何よ。偉そうに……アンタみたいな子供に大人の恋愛の何が分かるのよ?」


私の怒鳴り声が店内に響き渡り、周りの客が訝し気な表情でこちらに視線を向ける。そして、眠っていた理央ちゃんが目を覚ました。


「……あれ? 梢恵さん……今なんか言いました?」

「な、なんでもない。私、先に帰るから……理央ちゃんは彼とゆっくりしてって」


寝ぼけ眼の理央ちゃんにそう言うと、何か言い掛けた白石蓮を無視し、テーブルの上に一万円札を置いて居酒屋を飛び出していた。


大人げない態度だと分かっていても、自分の気持ちを抑える事が出来ない。


何度も男に裏切られ、男性不信になった私がようやく手に入れた幸せを、いとも簡単に否定してくれた白石蓮が心底憎いと思った。


< 129 / 309 >

この作品をシェア

pagetop