『それは、大人の事情。』【完】
タクシーに乗っても私の怒りは収まらず、両手をギュッと握り締め流れて行く街明かりを眺めていた。
あんな失礼な子だとは思わなかった。辛い過去を持つ彼が可哀想で、つい同情しちゃったけど、もう知らない。
今度こそ白石蓮とはキッパリ縁を切ろうと心に決めた時、車窓から見えたのは、沙織ちゃんの友達、結花ちゃんが住むタワーマンションだった。
そのマンションの前をタクシーが通り過ぎようとした瞬間、何気なく玄関の方に視線を向けた私は「あっ……」と小さな声を上げ、慌てて振り返る。
あれは、真司さんと沙織ちゃん……
でも私が驚いたのは、二人がそこに居たからじゃなく、真司さん達と一緒にマンションに入って行くもう一人の女性が居たから。一瞬の事だし、暗くてよく分からなかったけど、長い髪をゆるく巻いた背の高い女性だった。
あの女性は誰? どうして一緒にあのマンションに入って行ったの?
また私の心がザワつき、白石蓮の言葉が脳裏を過る。
違う。私の考え過ぎだ。真司さんが私を裏切るなんて有り得ない。そうだ、あの女性は結花ちゃんのママなんだ。きっとまた、沙織ちゃんが結花ちゃんに会いたいとか言い出して、それでマンションに……
そう自分を納得させようとしたけど―――幼稚園バスの見送りに来てるお母さんの中に、あの女性は居なかった……
不安な気持ちのまま誰も居ないマンションに帰って真司さんと沙織ちゃんを待っていると、三十分後、二人は何事もなかった様な顔をして帰って来た。