『それは、大人の事情。』【完】

玄関まで迎えに出た私は、一言「お帰り」って声を掛けた。すると真司さんは聞いてもないのに「土曜だからファミレスが混んでて参ったよ。待たされてこんな時間だ……」と笑顔で答える。


「今までファミレスに居たの?」

「あぁ、梢恵は早かったんだな。もっと遅くなると思っていたよ」


彼は私に嘘を付いた―――真司さん達が居たのはファミレスではなく、あのマンション……


でも、沙織ちゃんの前で問い詰めるのは気が引けて、真司さんと二人っきりになってからにしようと口を噤む。


彼が沙織ちゃんを寝かせつけている間、私はまんじりともせずベットの中で寝室のドアが開くのを待っていた。ようやくドアが開く音が聞こえ、薄暗い寝室に光の帯が伸びる。


再び暗くなった部屋。真司さんの足音が近づいてくる。私は意を決し、振り返った。


「なんだ、まだ起きてたのか?」

「うん、眠れなくて……あ、そういえば、タクシーで帰って来る途中、真司さんと沙織ちゃんによく似た人を見掛けたんだけど……」


ベットに入ろうとした真司さんの動きが一瞬止まった。


「俺を?どこで?」

「ほら、交差点の所にあるタワーマンション……あそこの前で見掛けたの」

「タワーマンション? それはないな。俺達は車で出掛けていたからな。そんなとこ歩いてるはずないだろ?」


彼はまた、私に嘘を付いた。


どうして隠すの? 何もやましい事がなかったら嘘なんて付く必要ないよね?なぜ本当の事を言ってくれないの?


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