『それは、大人の事情。』【完】

これが喧嘩の原因……沙織ちゃんはお母さんの悪口を言われた事に腹を立て、この子を引っ掻いて噛み付いたんだ。


沙織ちゃんは情緒不安定でもなんでもない。ごく普通の反応をしたまで。確かに怪我をさせた事は悪いけど、一番悪いのは、そんな事を平気で子供に話したこのバカな母親だ。


「よくそんな事言えますね? たとえそれが本当の事でも、子供に言うなんて間違ってる」

「なっ……ウチの娘に怪我をさせといて、偉そうに何言ってんの?」


当然、母親は激怒し、今にも殴り掛かってきそうな勢いだ。でも、私だって譲れない。


「自分の母親の悪口を言われて怒らない子供がどこに居るの? そんな事も分からないなんて、それでもあなたは子を持つ親なの?」


私と母親の言い争いに慌てたのは、園長先生と担当の先生だ。なんとか私達の怒りを静めようとするが、言い争いはヒートアップしていく。


そんな状態が暫く続いた時だった。応接室のドアが少し開き、見覚えのある女の子が顔を覗かせた。


あっ、あの子は、朝バス停で一緒になる子だ。


先生がドアに駆け寄り「結花ちゃん、どうしたの? 先生達、今大切なお話ししてるから向こうで遊んでてくれる?」と促すが、女の子は動こうとせず、ジッとこちらを見つめている。


えっ? 結花ちゃんって、あのタワーマンションに住んでる結花ちゃん? でも結花ちゃんは学童には来てなかったんじゃ……


そんな事を考えていたら、突然結花ちゃんが大声で叫んだ。


「沙織ちゃんは悪くない! 先に叩いたのは、芽衣(めい)ちゃんの方だよ!」


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