『それは、大人の事情。』【完】
「えっ?」
「結花ちゃんの家は、タワーマンションから五百メートルほど離れた一軒家だったと思いますよ」
それ、どういう事? 沙織ちゃんは確かに結花ちゃんの家に行くって、あのタワーマンションに……じゃあ、沙織ちゃんは私に嘘を付いてたって事?
「あの~失礼ですが、沙織ちゃんのご自宅をご存じないとか?」
「あ、いえ。私の勘違いでした。すみません」
頭が混乱したまま先生に頭を下げ、逃げる様に応接室を出ると遊戯室に居た沙織ちゃんを連れて園舎を出る。
いつもの様に、私の少し前を歩く沙織ちゃんの小さな背中を見つめ、さっきの先生の言葉を思い出していた。
そういえば、沙織ちゃんとタワーマンションに行った時、玄関のオートロックを難なく解除してた。
あの時は、結花ちゃんの家にしょっちゅう遊びに来てるから慣れてるんだと思ったけど、他人の家の暗証番号を知ってるなんておかしいよね。でも、自分の家なら知っててもおかしくない。
という事は、沙織ちゃんは自分の家に帰ってた事になる。でも、どうして? お母さんとは一緒に居たくないと真司さんの所に来たはずなのに、ほぼ毎日、お母さんに会いに行ってたなんて……
でもそれを沙織ちゃんに聞いていいものかと迷っていたら、突然立ち止まった沙織ちゃんが振り向き、真顔で私の方に歩いて来る。
「どうしたの?」
「―――……とう」
「えっ?何?」
消え入りそうな小さな声が、行き交う車の音に掻き消され聞こえない。すると首を傾げた私の右手を沙織ちゃんが掴み、ギュッと強く握ったんだ。
「お姉ちゃん……ありがとう」