『それは、大人の事情。』【完】
✤ さまよう恋心
―――その夜、真司さんから他の部の部長と飲みに行くから遅くなると連絡があった。
今まで私と二人っきりの時は部屋に引きこもり、決して出て来る事がなかった沙織ちゃんが、今日は私とハンバーグを作り、初めて夕食を一緒に食べてくれた。
美味しいと言っておかわりしてくれる沙織ちゃんは、まるで別人の様に明るくて、その笑顔を見ていると私まで顔が綻ぶ。でも、この幸せな時が長くは続かないという事を、私も、そしておそらく沙織ちゃんも知っている。
せっかく仲良くなれたのに。もう一人のママになれたのに……
沙織ちゃんの口元に付いたソースを親指で拭いながら、溢れる涙を必死で堪えていた。
その後、一緒にお風呂に入り、添い寝をして絵本の読み聞かせをしていると、沙織ちゃんがトロンとした目をして私のパジャマの袖を引っ張ってきた。
「パパにあのパジャマの事言っちゃったの……お姉ちゃんのマンションの前で会った青い目のお兄ちゃんの事……」
「あぁ、それね。本当の事だから気にしなくていいよ。でも、あのお兄ちゃんとはなんでもないんだよ。お兄ちゃんが風邪を引いて洗濯出来なかったから、私がしてあげただけ」
「そうなの?」
「うん、もういいから……寝なさい」
そう、もういい。真司さんの気持ちは決まっているんだ。今更、真司さんに白石蓮の事は誤解だと言う必要はない。それよりもう少しだけ、この母親ごっこを続けさせて欲しい。
だって、真司さんと別れたら私はもう、結婚なんて出来ない。そんな気がするから。そうなれば、母親にもなれないもの。