『それは、大人の事情。』【完】

それから私と白石蓮は、テーブルまで挨拶に来てくれたシェフにお礼を言ってレストランを出た。


「俺は家まで歩いてくけど、梢恵さんは?」

「私は電車で帰る。駅に行くから君とは反対方向だね。じゃあ、また……」


私達は短い会話を交わし、すっかり暗くなった道を背を向け歩き出す。駅まではそんなに遠くない。十五分ほどで行けるはず。


辺りはオフィス街の様で、土曜日のせいか歩いている人はまばらだ。暫く大きな通りを歩き、右に曲がると地下道がある。そこを抜けて少し行った先が駅。


もう少しで地下道だという時、突然湿った風が吹き抜け、ポツリポツリと雨粒が落ちてきた。そして、稲光と共に、耳を劈(つんざ)く様な雷の音が辺りに鳴り響く。


うそ、天気予報は雨が降るなんて言ってなかったのに……


慌てて走り出すが、あっという間に土砂降りになり、地下道に駆け込んだ時にはずぶ濡れだった。


「もぉ~最悪ぅ~! まるでゲリラ豪雨じゃない!」


数メートル先も見えない状態で、先に行く事も戻る事も出来ない。とにかく小降りになるまで待とうと肩を窄め地下道の壁にもたれ掛かった時だった。


大きな雨音に紛れ近づいてくる足音。どうやら男性の様だ。私の横に立ち、恨めしそうに空を見上げてる。キャップを目深に被ったジャージ姿のその男性もずぶ濡れだった。


あまりジロジロ見るのも悪いと思い、その場にしゃがんで下を向いていると、その男性のくたびれた靴が私の視界に入ってきた。


どうしてこんなに接近してくるんだろうと思った次の瞬間、いきなり男が覆い被さってきたんだ―――


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