『それは、大人の事情。』【完】
助かった……
暫くの間、放心状態で男が走り去った先を呆然と眺めていた。でも、徐々に意識がハッキリしてくると、男に触られた感覚が蘇ってきて再び恐怖で体がガクガクと震えだす。
もしかしたら顔を見られた事に腹を立てた男が戻って来るかもしれない。じゃあ、こんなとこに居ちゃダメだ。早く逃げなきゃ……
肌蹴た胸元を押さえ慌てて立ち上がったんだけど、高いヒールのせいで足元がフラつき、足首が変な方向に曲がってゴキッと鈍い音がした。
しまったと思った時には遅く、激痛が走る足首を押さえ、その場にうずくまってしまった。
痛い……逃げなきゃいけないのに、足が痛くて立ち上がれない。
恐怖と痛みでどうしていいか分からず涙が止まらない。その時、コンクリートの地面に転がっていた私のスマホに気が付いた。
必死で手を伸ばしスマホを手繰り寄せると、ダイヤル画面をタッチする。
警察に……いや、何もされてないから大事にはしたくない。じゃあ、真司さんに……あ、でも、男に襲われたなんて真司さんが知ったら彼はどう思うだろう。ダメだ。真司さんには知られたくない。
震える指で発着信履歴をスクロールしていくと、ある名前の所でピタリと指が止まった。でも、頼っていいものか迷ってしまい、なかなか発信ボタンに触れる事が出来ない。
でも、早くしないとアイツが戻ってくるかもしれない。今襲われたら完全にアウトだ。もう迷ってる暇はない。
覚悟を決め、発信ボタンに触れる。