『それは、大人の事情。』【完】
『―――梢恵さん?どうしたの?』
白石蓮の声を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、何を言ったのか覚えてない。ただひたすら「助けて」と叫んでいた様な気がする。
彼が私の所に来てくれたのは、それから十数分後だったらしいが、私にはその時間が果てしなく長く感じられ、駆け寄ってきた白石蓮に「もう大丈夫だから」と抱き締められて、やっと心の底からホッとした。
そして彼は、歩けない私をおぶって地下道を出ると階段の隅にソッと私を下ろし、雨が上がった空を見上げる。
「どう? 少しは落ち着いた?」
「うん……来てくれて、有難う……」
小さな声でお礼を言うのが精一杯。そんな私の隣に座った白石蓮がニッコリ笑い、自分のシャツで私の顔の汚れを拭き取ってくれた。
「……ごめんね」
「気にしないでよ。梢恵さんが俺を頼ってくれたの嬉しかったんだから」
白石蓮の優しさが胸に沁みる。それが堪らなく辛かった。
「ホントに、ごめん……もう一人で帰れるから。君も帰って」
「はぁ? 何言ってんの? まともに歩けないのに、どうやって帰るの?」
「タクシーを拾うから」と言う私に、彼は意外な事を言ってきた。
「部長さんに電話して迎えに来てもらいなよ。部長さんが来るまで一緒にここで待っててあげるからさ」
そんなのとんでもないと思った。真司さんに知られたくないから白石蓮に電話したのに……
「部長さんには、突然雨に降られて走った拍子に転んで足を捻挫したって言えばいい」
「でも……」
「大丈夫。部長さんが来る頃を見計らって俺は梢恵さんから離れるから心配しなくていいよ」