『それは、大人の事情。』【完】
「部長がバツイチで子持ちだから言いづらいの?」
「いや、そういうワケじゃないんだけどね……」
浮かない表情で箸を置く私を、目ざとい佑月が見逃すはずがなかった。
「梢恵……アンタ、まさか……」
佑月が何を言おうとしたのか、なんとなく想像がついた。だから、あえてその言葉の続きを聞く前に席を立つ。
「あっ! もうこんな時間。この足じゃ、そろそろ出ないとお昼休み終わっちゃうよ」
話しをはぐらかした事を分かっていたはずなのに、佑月はよろめく私の体を支え無言で歩き出す。そして会社に戻り、黙々と仕事をこなす。仕事をしてる間は余計な事を考えずに済むから気分的には楽だ。
ようやく午後の仕事のめどが立ち一服しようとしていたら、部長室から真司さんが出てきて課長に声を掛けている。
「今、販売部の部長から内線があって、ドイツのソーセージの件で迷惑掛けて悪かったって言ってきたよ。誰が交渉に行ってくれたんだ?」
「あの件は、朝比奈さんが……」
課長が私を指差すと、真司さんが微妙な表情で「朝比奈が?」って呟いた。
「はい、私が行きましたが……何か?」
「あ、いや、朝比奈が行ってくれたのか……ご苦労さん」
真司さんは私から目を逸らし、その視線は一瞬、宙を泳ぐ。でもすぐに何事もなかった様に部長室に戻って行った。
どうしたんだろう? 変な真司さん。