『それは、大人の事情。』【完】
「ちょっと、佑月、あの子に変な事言わないでよね」
顔は笑っていたが、内心ちょっとイラついていた。それは、私を忘れようとしてくれている彼に申し訳ないと思ったから。
すると、今まで笑顔だった佑月の顔が急に険しくなり、眼光鋭く私を見つめる。
「梢恵……アンタ、あの子となんかあったんじゃない?」
「えっ……なんかって?」
「そんなの言わなくても分かるでしょ? 今のアンタ達、なんか不自然だった。男と女は関係を持つと、妙によそよそしくなるからね」
佑月は私達の事を疑っていたからワザとあんな事言って、彼の反応を見てたんだ……
「な、勝手に決めつけないでくれる? 私とあの子は何もないよ」
すぐさま否定するが、佑月は全く納得していない様で、私の体を引き寄せ低い声で言う。
「ダメだよ。絶対にダメ。梢恵は部長と結婚した方がいいの。幸せになりたいならあの子とは手を切りなさい。それに、あの子だって可哀想でしょ?」
……白石蓮が、可哀想?
「確かに、あの子くらいの男子って、年上に憧れたりするものだけど、結婚が決まってる梢恵と付き合ったっていい事ないでしょ。梢恵は遊びでも、まだ若いあの子がマジなったらどうするの?泥沼だよ」
「……泥沼」
そんなの言われなくても分かってる。分かってるから辛いんじゃない。そう言いそうになった言葉を呑み込み佑月の手を振り払う。
「何ワケの分かんない事言ってんの? 佑月ったら、どうかしてるよ。」
それから定時まで、佑月とは目を合わす事もなかった。彼女が私の事を心配してくれてるってのは分かっていたけど、頭ごなしにあんな事を言われたら、さすがにいい気はしない。