『それは、大人の事情。』【完】
俯き加減の白石蓮の顔を覗き込み訊ねると「結構遠い所なんだよね」と前置きして話し出す。
白石蓮が撮影場所に選んだのは、彼が高校を卒業するまで住んでいた古里。ここからは電車で六時間も掛かる小さな港町だ。
「そこにあるリゾートホテルで撮りたい。そのホテルはね、俺を育ててくれたばあちゃんが清掃員として働いてたとこなんだ」
幼い頃、彼は一度だけそのホテルに泊まった事があり、その時、ホテルの部屋から見た朝日が今でも忘れられないと熱く語る。
「そこの支配人が凄くいい人で、母親を亡くした俺を気遣ってくれて、シーズンオフにばあちゃんと俺を海の見えるスイートに泊めてくれたんだよ。
海から昇る朝日を見た瞬間、俺はまだ五歳の子供だったけど、余りの美しさに鳥肌が立った。カメラを始めた時、いつかあの朝日をあの場所から撮りたいってずっと思ってた」
「そうだったの……」
「うん、写真をまた撮ると決めた時、真っ先に頭に浮かんだのがあの朝日だった。だから、どうしてもあそこで撮りたい。あの朝日を浴びた梢恵さんを撮りたいんだよ。でも……」
そこまで言うと、白石蓮は言いにくそうに口籠る。
「でも……何?」
「日帰りじゃ無理ぽくてさ……泊まりじゃダメでしょ?」
「泊まりか……」
白石蓮が気にしてたのは、この事だったんだ。確かに泊まりとなると色々面倒だよね。この子と二人っきりで撮影旅行だなんて、真司さんに言えるワケがない。