『それは、大人の事情。』【完】

「平日? 仕事はどうするんだ? 休むのか?」

「うん、課長に有給届出して了解してもらった」


私としては、仕事に支障はないから大丈夫って意味で言ったのに、真司さんにはそう聞こえなかったようで、訝し気な表情で眉間にシワを寄せる。


「もう有給取ってるのなら、俺がダメだって言っても行くつもりなんだろ?」

「あ……そういうつもりじゃ……」


気を回し過ぎて墓穴を掘った。慌てて言い訳をするが、真司さんは私の言う事など聞いてはくれず、自分の意見ばかり。


それはまるで、会社に居る時の神矢部長そのままで、ミスをした部下を叱ってる時と同じ目をしていた。


真司さんの中で私は、恋人の前に部下なのかもしれない。彼が私に求めているのは、会社でも家でも彼の思い通りの人間で居る事。だから彼に相談する前に、何もかも決めてしまったのが気に入らなかったのだろう。


もちろん真司さんは私より十歳も年上で、人生経験も豊富だ。まだ半人前の私を危なっかしく思うのも分からないでもない。でも、せめて家に居る時くらいは、私を部下ではなくパートナーとして見て欲しい。


そう思うのは、私の我がままなのかな……


「―――それで、何時に帰ってくるんだ?」

「えっ? 帰ってくる時間? それはまだ先の事だからなんとも言えないけど……」


困惑気味に真司さんを見つめると、突然引き寄せられ強く抱き締められた。


えっ……?


「俺が会社から帰る前に、ここに戻ってるって約束するなら……行ってもいい」


< 199 / 309 >

この作品をシェア

pagetop