『それは、大人の事情。』【完】

白石蓮の顔が、脳裏を掠めたから―――


お母さんは、何か気付いたんだろうか?いや、そんなはずはない。私は真司さんの事を愛してるし、心の底から彼と結婚したいと思ってる。お母さんに疑われる様な事なんて何もない。


チラついた白石蓮の顔を打ち消し、冗談めかして言う。


「そんな事言ったら、真司さん怒って帰っちゃうわよ」

「はいはい、やっと梢恵が結婚する気になってくれたんだから余計な事は言いませんよ」


それから私は、母親を安心させようと意識して明るく振る舞い笑顔を絶やさなかった。そして、普段はクールな真司さんもいつもより冗舌で、珍しく冗談なんか言ってる。


でも、そろそろ帰りの新幹線の時間が迫ってきた。「今度は泊まりでいらっしゃい」と言う母親に手を振り、父親の車で駅まで送ってもらって帰路につく。


スピードを上げていく新幹線の車内で、流れていく街の明かりを目で追いながら真司さんの手の上に自分の手を重ねお礼を言った。


「有難うね。疲れたでしょ?」

「いや、楽しかったよ。またお父さんと一緒に飲みたいな」


そう言った彼の目は、通路を挟んだ横の座席に座る家族連れに向けられていた。


夏休みの日曜日という事もあり、私達以外の乗客は、ほとんどが家族連れだった。


「俺達も早く子供が欲しいな」


楽しそうにはしゃぐ子供を目を細め見つめている真司さん。きっと、沙織ちゃんを思い出しているんだろう。


胸がチクりと痛み、堪らず彼の手を強く握り締めていた。


私の為に沙織ちゃんと暮らす事を諦めてくれた真司さんに、早く私達の子供を抱かせてあげたい……


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