『それは、大人の事情。』【完】
「じゃあ、私の事を本気で好きになって抱いたって言うんですか?」
「あぁ……四十間近のバツイチのオッサンが言う言葉じゃないかもしれないが、心底、愛しいと思って抱いたよ……」
心底……愛しい?
そんな台詞言われた事ないから最高に照れ臭くて、あえてその言葉をスルーした。
「……私だって、今年で三十歳です。十分おばさんです」
苦笑いする私の頭をクシャと撫で「朝比奈はまだ若いよ」と部長が優しい笑顔を見せる。
「そう言えば、部長が独身だって知った若い女子社員が騒いでましたよ。彼女いるのかなって」
「ほーっ、それは光栄だな。でも、今度そんな話しを聞いたら言っといてくれ……」
「何を、ですか?」
頭に乗せられていた彼の手が私の髪をすき、そっと頬に触れる。そして、人差し指で唇をなぞると色っぽい声で囁いた。
「―――俺は朝比奈に惚れてるって……」
心臓の鼓動が早くなり、気持ちが高揚する。こんなのいつ以来だろう?
けど、そんな自分の気持ちを必死で隠し、平静を装う。
「部長の気持ちは分かりました。でも、付き合うなら条件があります」
「条件?」
「はい、私達の関係は、会社では秘密にして下さい。部長と付き合ってるって部の皆に知られたら仕事がやり辛くなります。部長だってそうでしょ?」
「まぁ、確かに、そうだな……」
納得して頷く部長。その姿を見て、正直ホッとした。お互いの為とか言ったけど、本当は違ってた。私はまだ部長の事を心の底から信じたワケじゃなかったから。