『それは、大人の事情。』【完】
「ホントに嬉しかったの?」
「うん、ホントに嬉しかったよ」
掃除をしながら飄々(ひょうひょう)と答える彼を見て、それは本心なのかと疑ってしまう。
「そう言えば、また専門学校に行くんだってね」
「うん」
「……私、知らなかった」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。理央ちゃんに聞いて初めて知ったんだから……」
「あぁ~理央に聞いたのか~」
理央……? この前まで理央ちゃんの事、森下って呼んでたのに……いつの間に下の名前で呼ぶ様になったの?
心がザワつき、視線がさまよう。
佑月の結婚式で、お似合いの二人だって思っていたのに、いざ本当に二人が親密になっているって分かると動揺して嫉妬してる。
「あ、梢恵さん、そこのトイレットペーパー取ってくれる?」
そんな自分が許せなかった―――だから……
私の前にある掃除道具が入ったワゴンの中からトイレットペーパーを取り出すと白石蓮に差し出し、これ以上はないというくらいの笑顔を彼に向けた。
「私と真司さんの結婚式の日取りが決まったの」
「……えっ?」
「九月二十九日だよ」
白石蓮の手からトイレットペーパーが滑り落ちていく。でも彼はすぐに反応し、素早くかがみ床に落ちる寸前でソレ受け止めた。
そして私を見上げ、優く微笑みながら言ったんだ。
「―――そう、おめでとう。良かったね」って……