『それは、大人の事情。』【完】
―――二時間後、私と蓮は帰路に着いた。
私達以外、他に乗客が乗っていない始発のバスがリアス式海岸沿いの国道をゆっくりと走って行く。
蓮にフラれた私にとって、これからの数時間は苦痛以外の何ものでもない。それはまるで拷問の様。
昨日はこの美しい景色に心奪われ、潮の香を胸一杯吸い込んではしゃいでいたのに、今はなんの感動もない。コバルトブルーの海も、山の萌えるような青葉も、なんだか色あせて見えた。
そんな私とは対照的に、故郷の海を名残惜しそうに眺めている蓮の姿にため息が漏れる。
この子は、裸の私を前にしても全く動じなかった。蓮の中で私との事はもうとっくに終わっていたのに、未練がましく彼を求めたりして……ホント、私ってバカ。
でも、私を拒否した後も蓮の態度は何も変わらず、明るく接してくる。それがかえって同情されてるみたいな気がして惨めだった。
更に蓮は追い打ちをかける様に、カフェのギャラリーがオープンしたら必ず見に来てなんて言ってくる。
「……うん、写真見に行くよ」って言ったけど、そんなの見たくない。辛すぎるよ……
これ以上、蓮と話しをしたくなくて目を閉じ寝たふりをするが、私を拒否した時の彼の顔が浮かんできて、今日は全く眠れない。
地獄みたいな長い時間を必死で耐えようやく東京駅に着くと、別れ際、蓮は私には全く理解出来ない言葉を残して去って行った。
「凄く楽しい二日間だったよ。有難う。梢恵さん」って―――