『それは、大人の事情。』【完】
心が揺れたのは事実。でも、ここで流されてはイケナイと「結婚準備が忙しくて……」そう言って断ろうとした。すると、電話の向こうで『梢恵さーん、来て下さいよ~』って女性の声がした。
この声は、理央ちゃん?
オーナーと電話を代わった理央ちゃんは、私が断っても『とっても素敵な作品だから見に来て欲しい』と一歩も引かない。
『私、さっきまで用事があって今来たとこなんですけど、せっかく蓮君が居ると思って来たのに、彼ったら先に来てた専門学校の男子達と飲みに行っちゃって……一人じゃつまんないから梢恵さん来て下さいよ~』
えっ……蓮が居ない?
「あの子、カフェのバイトサボって飲みに行ったの?」
『あ、違いますよ。新しいバイトの人が入ったから蓮君はもうカフェのバイトはしてないんです。でも~せっかく蓮君にいい話し聞かせてあげようと思って来たのになぁ~』
「いい話しって?」
私が"いい話し"に食いつくと理央ちゃんは『今からカフェに来てくれたら話します』なんて意地悪な事を言う。
今からか……もう夕食も済ませたし行けない事はない。蓮が居ないなら問題ないし……それに、ちょっと顔を出せばオーナーへの義理も果たせる。
真司さんに聞いてみたら、自分も今から確認しなきゃいけない書類があるから行きたいのなら行っておいでと言ってくれた。
「じゃあ、今から行くね」
理央ちゃんにそう告げ電話を切ると、軽くメイクを直してマンションを出る。