『それは、大人の事情。』【完】
カフェの前でタクシーを降り、オレンジ色の照明に照らされた店のドアに手を掛けると、少しだけ気持がザワついた。
まさか蓮は帰って来てないよね……そう思ったのと、もう一つ。あの写真を目にした時、自分がどうなってしまうか分からないという不安。
大きな深呼吸をしてドアを開けると店内は一新していて、木の香りが漂う素敵な内装に変わっていた。そして、カウンター横の壁にはフレームに入った写真が十作ほど飾られていた。
「梢恵ちゃん、無理言ってごめんね。でも来てくれて嬉しいよ。有難う」
「いえ、遅くなっちゃって……すみません」
オーナーに頭を下げると理央ちゃんが、早く蓮の作品を見てって、私の手を引っ張る。
「めっちゃ綺麗な作品なんですよ。このモデルの女性とても雰囲気があっていい感じなんですけど、蓮君の知り合いなのかな~? なんか凄く気になっちゃう」
あの子、モデルが私だって言ってないんだ……
そう思いながら、理央ちゃんが指差した先に視線を移し写真を見た瞬間、思わず「あぁ……」と声が漏れ、瞬きするのも忘れて写真に見入ってしまった。
これ、本当に私なの? と疑ってしまうほど美しくて柔らかい体のライン。そして、背後から差し込む光とそれを遮る影のコントラストが凄く綺麗で、まるで映画のワンシーンを見てるみたい。
「……素敵」
これが、あの子が表現したかった世界なんだ……