『それは、大人の事情。』【完】
真司さんの元義理の父親で、おまけに会社の専務となるとさすがに緊張する。何か言われるんじゃいかとビクビクしていたが、予想に反して専務は一言「そうか……」って言っただけで夜間出入口の方へと歩き出した。
何も言われなかった……
真司さんと絵美さんの復縁を願っていた専務にとって、私は邪魔な存在のはず。だから怒鳴られるもの覚悟していたけど、私達の結婚が決まったから専務も諦めてくれたのかな?
専務の大きな背中を目で追いながらホッと胸を撫で下ろし、エレベーターに乗った真司さんがを見送った。そして、私も今来た廊下を戻る。
受付のおじさんに軽く会釈し、外に出てタクシー乗り場に行くが、こんな時間だからかタクシーが一台も止まっていない。
困ったな……歩いて帰るには遠過ぎるし、受付のおじさんにタクシーを呼んでもらおうかな。
仕方なく病院に戻ろうとした時だった。駐車場から出てきたドイツ車が私の横で止まり、助手席側の窓が静かに下がる。
「あ、専務……」
「乗りなさい。家まで送るよ」
「い、いえ、お気遣いなく……」
いくらなんでも専務に送ってもらうワケにはいかない。低姿勢で丁重にお断りしたが、専務はなかなか聞き入れてくれない。
「いいから乗りなさい。君に話しがあるんだ!」
私に話し……?
不安と恐怖を感じたが、これ以上拒んだら専務が本気で怒り出しそうで、渋々助手席のドアを開け車に乗り込んだ。上ずった声でマンションの住所を伝えると、専務はそれをナビに入れ車がゆっくり走り出す。