『それは、大人の事情。』【完】
「……沙織ちゃんを真司さんに渡さない為に?」
「その通りだ」
専務の話しを聞き、私は複雑な気持ちになった。真司さんの立場で考えれば、専務がした事は許せないと思う。でも、娘を思う親とすれば、我が子と引き離され悲しむ娘の姿を見たくないと思うのも当然。その気持ちには分からないでもない。
「専務という立場を利用して、真司君を地方に飛ばした私の行いは恥ずべき行為だ。だが私は絵美の父親だ。絵美を幸せにする義務がある」
そう言った専務の横顔は寂し気で、さっきまで漂わせていた強烈な威圧感は消え失せていた。
そして、真司さんと別れた後の絵美さんの様子を、囁く様なとても小さな声で話し出す。
―――真司さんと離婚した後の絵美さんは、浮気相手の若いホストと同棲を始めると生活は乱れ、お酒に溺れる様になり、専務や専務の奥さんが電話しても出ない事が多くなっていった。
でも、沙織ちゃんの面倒はちゃんと見ていた様で、毎日お弁当を作り幼稚園に通わせていたらしい。
そんな時、ホストが出て行ったと沙織ちゃんから聞き会いに行くと、絵美さんは想像以上に憔悴していて、まるで廃人の様に虚ろな目をしていたそうだ。驚いた専務が絵美さんを実家に連れて帰ろとしたんだけど、絵美さんはそれを頑なに拒否した。
真司さんと暮らしたこの部屋から離れたくないと言って……