『それは、大人の事情。』【完】
ショックだった―――
意識のない絵美さんを目の当たりにして、沙織ちゃんがどんな気持ちだったかと考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。
その時、ナビから目的地に到着したというアナウンスが聞こえた。速度を落とした車がゆっくりマンションの前で止まり、ハンドルから手を放した専務が脱力した様に体を座席に沈め生気のない声で言う。
「もう沙織も限界だ。これ以上あの子を苦しめたくない。頼む……真司君と別れてくれ。沙織と絵美に真司君を返してやって欲しい」
「あ……」
頭の中が真っ白になり、なんて答えていいか分からなかった。辛うじて出た言葉が「もう少し考えさせて下さい」だった。
マンションに帰ってもどうしていいか分からず、キッチンの椅子に座り一点を見つめていた。私の視線の先にあったのは、食器棚の中のピンクの小さなお茶碗。沙織ちゃんがここに居た時に使っていた物だ。
沙織ちゃん、私のせいで一杯辛い思いさせちゃって、ごめんね。何も知らなくて……ごめんね。本当に、本当に、ごめんね。
ただひたすら謝る事しか出来ない。
そうこうしてると白々と夜が明けてきて、とうとう一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。そして真司さんからは、なんの連絡もない。
彼も沙織ちゃんの話しを絵美さんのお母さんから聞いたのかな? もしそうなら、きっと私よりショックを受けてるはず。
沙織ちゃんの事が気掛かりだったけど、真司さんの事も心配だった。