『それは、大人の事情。』【完】
それからなんとか会社には出社したものの、仕事に集中出来ず、時計ばかり気にしていた。
真司さん、今日はもう会社には来ないのかな……そう思い始めた時だった。昼休みになる直前に真司さんが出社してきたんだ。
彼の顔を見たとたん複雑な想いが涙となって溢れてくる。その涙を必死で堪えていると、私と目が合った真司さんがいつもと変わらぬ落ち着いた口調で「朝比奈、ちょっと来てくれ」って部長室を指さした。
先に部長室に入って行った真司さんの後を追いドアを開けると、デスクの前のソファーに座った真司さんが項垂れ頭を抱えていた。
「……真司さん」
私の声に反応し、体を起こした彼の顔は青白く疲労の色が滲み出ていた。
「昨夜は、すまなかったな。少しは眠れたか?」
「私の事より、真司さんはどうなの?」
「俺は大丈夫だ。でも……」
「でも、何?」
真司さんは隣に座った私の手を取り、一呼吸置いて話し出す。
「絵美の事だ……あれから義母に向こうは結構深刻な状況だと聞かされた。絵美のヤツ、アル中で引きこもっていたらしい」
やっぱり、真司さんも私と同じ話しを聞いたんだ。
「俺と絵美は離婚しているから関係がないと言えばそれまでだが、向こうには沙織が居る。沙織を苦しませるのだけは嫌なんだよ。
それでだ、義母は絵美が元気になって退院するまで、俺に病院に来て欲しいって言ってきたんだ。だから暫く会社帰りに病院に行く事にした。梢恵は納得出来ないかもしれなが、沙織の為なんだ。我慢してくれないか?」