『それは、大人の事情。』【完】
「そんな辛そうな顔しないで……」
真司さんの頬を撫で、コクリと頷く。
「すまない……結婚間近で大変な時にこんな事になってしまって……でもな、信じてくれ。俺は何があっても梢恵だけだ。お前だけを愛してる」
「分かってる。分かってるから……だからもう何も言わないで。沙織ちゃんの為にも絵美さんに早く元気になってもらわないと……」
憔悴した真司さんの顔を見ていたら、専務に真司さんと別れて欲しいと言われたとは言えなかった。
この日から真司さんは仕事が終わると病院に寄り、絵美さんと夕食を一緒に食べ、消灯ギリギリに病院を出て帰って来るという生活が続いた。
真司さんの話しによると、当初は、二、三日で退院する予定だったが、検査で肝臓の数値が予想以上に悪かったみたいで、まだ暫く退院出来ないとか……でも、メンタルの部分は良くなってきているらしい。
きっと、真司さんと毎日会えるから絵美さんも落ち着いてきたんだ……でも、今はいいとして、また会えなくなったら……その時が心配だ。
そして私はというと、夕飯は一人だから適当に済ませ、真司さんが帰って来る十時過ぎまで一人でぼんやり過ごすのが日課になっていた。
やっと真司さんが帰って来ても、疲れているからか、すぐお風呂に入って寝てしまうから会話らしい会話もない。
今日もそのパターンだなと思いながら一人で会社を出て、まだ熱が籠っているアスファルトの上を憂鬱な気分で歩いていると、佑月から電話が掛かってきた。
『梢恵、久しぶり~元気にしてた?』