『それは、大人の事情。』【完】
お寿司屋を出ると、今まで優しく私を見つめていた黒縁眼鏡の奥の瞳が怪しく揺れる。
「―――じゃあ、俺の部屋へ来るか?」
「はい……」
当然の流れにコクリと頷き、部長の腕に自分の腕を絡め彼が止めたタクシーに乗り込んだ。
三十分ほど走るとタクシーはマンションの前で停車し、部長がさし掛けた傘の下で体を寄せ合い彼の部屋へと歩き出す。
「引っ越して来たばかりだから何もないけどな」
そう言いながら部屋の鍵を開ける部長の胸にもたれ掛かり「でも、ベットはあるでしょ?」って、上目遣いで尋ねると、耳元で「もちろん」という返事が返ってきた。
余裕の笑みを浮かべた部長が、ベットルームに辿り着くまでの数秒間、私に啄む様なキスを繰り返えす。
お互い徐々に気持ちが高ぶり、気付けば、一糸纏わぬ姿で激しく愛し合っていた。
以前の私は快楽以外何も求めていなかった。でも今は違う。彼を愛しいと想いながら抱かれている。
気持ちが籠った交わりは、思った以上に私を大胆にさせ、一度目とは全く違う快感を与えてくれた。
―――こんな感覚、すっかり忘れてた。
部長が思い出させてくれたまた人を愛するという感情。好きな人に抱かれる事が、こんなにも幸せな事だったなんて……
だから、自然に漏れる声は自分でも驚くほど艶めかしく、艶っぽかった。
「いい声だ……ゾクゾクする」
そう言われると余計に感じてしまい彼の背中にまわした腕に力が入る。
「本当に……私でいいの?」
「あぁ、朝比奈の全てを俺のモノにしたい……」