『それは、大人の事情。』【完】
「そう、イギリスから来た特別講師ってのが、蓮の父親だったんだ」
「……うそ」
こんな偶然があるのかと言葉を失った。
ちょっと待って。じゃあ、蓮が憧れていた写真家は、あの子が一番憎んでいた父親? その事を知ったら、蓮はどう思うだろう。
「オーナー、この事はまだ蓮には……」
「うん、僕もまだ言わない方がいいと思う。今言ったら、蓮は本当にカメラを辞めてしまうかもしれない」
それが正しい選択だったかは分からない。でも、蓮がその事実を知るには、まだ早すぎる……そう思ったんだ。
すっかり暗くなった空を見上げ、二人して黙り込んでいたが、暫らくするとオーナーが大きなため息を付き、苦悩の表情で話し出す。
「でもね、いつかちゃんと蓮に本当の事を話さないといけないって思っていたんだよ。ハウエルは蓮が思っている様な酷い男じゃないからさ」
「そうなんですか?」
「うん、蓮の母親が本気で愛した人だからね。姉はハウエルと一緒に居た時が人生で一番幸せだったって言ってたから」
オーナーはお姉さんの事を思い出し、懐かしそうに目を細める。そして、蓮のお母さんとハウエルさんの馴れ初めを教えてくれた。
―――二人が出会ったのは、蓮のお母さんが大学生だった頃。夏休みで実家に戻っていた時の事だった。撮影旅行であの港町を訪れていたハウエルが突然の雨に降られ喫茶店で雨宿りしていたら、窓の外を歩いて行く女性を見つけた。
「その女性を見た瞬間、ハウエルは何かに引き付けられる様に窓辺に向かい夢中でシャッターを切っていたそうだ」
「えっ……」